留学でコミュニケーションが上手になった私が学んだ外国人たちの価値観

私は人生で3回の留学を経験しています。カナダ・ドイツ・マルタの3か国です。

留学はいいですよ、人生が変わります!

もともと私は、自分に自信のない、コミュ障&陰キャ(いじめられたこともあります)でした。今は、はたから見ると東証プライムの大企業で活躍しているビジネスパーソンです。でも、そんな自分の本性は、強そうに見えて非常に弱い。すぐに折れそうになる心を支える根底にあるいくつかの価値観は、大学時代の留学で得たものです。つらくなった時に思い出しては、自分の心の支えにします。

上記は自慢したいから書いたのではありません。どんなに暗い自分でも変わるチャンスがある、変わった先には大企業で活躍して、不自由なく生活できる世界が待っていることを伝えたいものです。

さて、ここからの言葉は、カナダ人だからこう、スペイン人だからこう、と決めつけたいものではありません。私が出会った外国人と、そこから感じ、考えたことを書いていきます。

結婚せずに彼氏と過ごすカナダのホストマザー

初めての一人での外国、初めて話した外国人。カナダでのホストマザーはペルー系でした。カナダ人と言えば白人と思い込んでいた当時の私にとっては、何もかもが初めての出来事でした。

買うか迷うなら「気が変わった」で返品すればいい

留学序盤は、ホストマザーと必要な買い物に行く機会もありました。初めてのウォルマート。無造作に積み上げられるぐちゃぐちゃに見えるスーパーに驚きながら、靴の購入を迷う私を見て、「迷うなら二つ買って、あとで返品すればいいじゃない!」と言われて、戸惑いつつも二つ購入。

日本で返品は一般的ではないと思います。穴が開いてるとか、どこか壊れてるとか、そうでない限り返品しませんよね?なので、この価値観にもまた衝撃。

で、返品したいけど、どうしたらいいの?と聞くと、「気が変わった(I changed my mind)」と言いなさいとのこと。うそでしょ!?と思いつつ、言われた通りに伝えると、当然のように返品できました。

文化の違いというものを痛感した瞬間でした。

気が変わったという自己中な理由を言うのに、躊躇していました。でも、相手ではなく自分の主張をすることに何が悪い?と言いう考えの様子。私は、基本的に相手からどう見えるのかということを中心に考えてきました。

相手にどう思われるかなんてどうせわからない。であれば、自分の意見は主張すべき。これは、この場面以外でも外国では痛感することが多かったです。文化が違うからこそ、日本のようにみんなの常識、当たり前が通用しないからこそなんですよね。友達も自分から話しかけないとできないことに気づき、他人に話しかけることができるようになりました。

バスに乗るお金がないときにお金をくれたお姉さん

カナダで留学中、普段は定期券を使っていました。ただ、ちょうど定期の境目だったかで、バスにお金を払って乗らなくてはいけなくなりました。

困ったときは他人に聞く、そして助けてあげる

しかし、ポケットの中にお金がない!盗まれたのではなく、単純に忘れていたのです。助けてくれる友人も周りにいません。

私は近くのお姉さんに、お金がなくてバスに乗れないからお金を貸してくれないか?必ず返すから!とお願いしました。大学生だった私にとっては、300円も大切なお金だったのです。

偶然話しかけたお姉さんは、ポケットからお金を出して、私にくれました。本当に困っていて、絶望していたので、私は命さえも救われた気持ちになりました。(大げさ)

大人になってから思うと、小さなアジア人の女の子が泣きそうになっていたら、300円くらいあげたってよいと思えたのでしょう。でも、私は困ったときの相手の反応に、とても感謝の気持ちを持ちました。その人のこと、その国のことが大好きになりました。

外国に行けば、外国人からすれば、私はその国の代表になるのです。だから、誰かが困っているときに助けてあげるのは当たり前ですが、大切なことであると心に刻みました。また、助けを求めれば誰かが助けてくれることも同時に知ったのです。

日本人は働くために生きているんでしょ?と言ったリビア人

ドイツ留学では、1か月目が日本人が私だけだったこともあり、外国人の友人とたくさん触れ合えました。特に、私が最も高額と言われるドイツ語学校「Goethe Institute」を選んだ理由の一つ、各国のレベルの高い人財と出会える機会がありそう、というのはあながち間違いではなかったと思います。

クラスメイトの多くが、医者やその妻、または各国の一流の大学から来た研究者の卵たちでした。

私たちは生きるために働くが、日本人は働くために生きている

クラスメイトに「日本人ってこうなんでしょ?」という話をしてくるリビア人がいました。彼は医者で、勤務経験もある様子。その彼の話に、「日本人って働くために生きているんだよね?僕らは生きるために働いてるけど」というエピソードがありました。自分の国では有名な笑い話らしいです。

私は「働いたことがないからわからないけど、確かに大人はそう見える」と思いました。当時、大学4年生の冬にドイツに行っており、就職先も決まっていました。そこで、私は「働くために生きるのは絶対にしない」心に決めたのです。この言葉は、人生に迷ったときに何度も浮かぶ言葉です。

今、私は何のために働いているのか?働くために生きているなぁと思ったら、少し休憩しよう、と思い直すのにいい言葉だったと思っています。

愛情豊かなラテンの人々

ドイツ留学では、スペイン・イタリア・ブラジル人と特に仲良くなり、2週間くらい毎日一緒に過ごしていました。今思えば、たった2週間だったことに驚きを隠せません。私にとっては3か月くらいに感じる濃い時間だったのです。

言語はツール、通じればいい

「英語はツール」この言葉は、英語ができない日本人の口からよく聞く言葉です。皆さんは、イタリア語ースペイン語ーポルトガル語、この3つの言語が通じ合えるのをご存知でしたか?私は知りませんでした。特に、イタリア語とスペイン語、スペイン語とポルトガル語は通じ合えるけども、イタリア語とポルトガル語はあまり通じないそうです。

ドイツで出会ったラテン系の人々は、皆それぞれの言語で会話していました。そこには何かをひけらかす様子はなく、本当にコミュニケーション手段の一つが言語であるということを体感した出来事でした。

愛情は表現すべきもの

ラテン系の人々と言えば、挨拶のキス。私ひとりがアジア人だったので、その挨拶のやり方がわからずに戸惑って、笑われたのを思い出します。彼らにとって、愛情や気持ちは表現すべきもの。

私が親にハグなんてした記憶がない、と言ったら、本気で驚いていました。「仲は悪くない、むしろいい方だけど、日本では普通だよ。」というと、信じられない!という様子。

彼らと過ごすうちに、何となく自分も表情が豊かになった気がしました。また、私は彼らの愛情表現が好きでした。居心地がよかったです。愛情は表現すべきもの、というのを彼らから教わりました。

英語ができないイタリア人

ドイツ留学でイタリア人と仲良くなり、その子の家に遊びに行った時の出来事。

私は英語が少し話せる

英語が話せますか?と外国人に聞かれたら、あなたは何と答えますか?

私は、話せます。と答えるようにしています。それは、イタリアでの出来事があったからでした。

田舎に住む中年イタリア人である私の友人の両親は英語ができませんでした。でも、私にめちゃくちゃ話しかけてきました。イタリア語で。通じると思っていないけど、伝える気持ちが前面に出ています。

彼女は、ほんの少しだけ、英語が話せます。それは、中学1年レベルだったように感じます。でも、彼女は「I speak English」とがっつりイタリア語なまりで言うのです。

そして、イタリア人の友人(友人は英語ができる)が通訳します。あなたはそんなに英語ができないのに「a little?」私を見てみなさいよ、と笑うのです。

私は、英語が話せるんだと初めて認識した瞬間だったかもしれません。大学受験の頃から、私は英語が苦手でした。私立文系であれば取れるべき英語の点数が取れず、苦しめられました。英語は苦手、留学したって、真ん中より少し上のクラスで英語ができる人はもっとたくさんいる。常に私は英語ができないと思っていました。

でも、違うんだ、英語が話せるというのは大切なんだと気が付きました。

英語があれば世界中どこだって行ける

英語があれば世界中どこだって暮らせるとは言いません。イタリアの田舎では、本当に英語が全く通じなくて焦ったこともありました。

それでも、英語ができれば人生豊かな経験ができることは間違いないでしょう。

英語ができなくても日本では生きていけます。翻訳機があれば、英語の情報だって簡単に日本語になるでしょう。でも、外国人とコミュニケーションをリアルタイムで取るために、最も効率が良いのは世界共通語ともいえる英語を話すことです。もちろんスペイン語や中国語が必要な場面もあるでしょう。でも、スペイン語や中国語を話す人々も、母国で一流の大学を出ていれば、当然のように英語が話せます。

英語さえ話せれば、世界で迷子にならずに済みます。私も英語がペラペラにはなっていませんが、外国に行くのも怖くなければ、英語の情報が出てきたらそれもちょっと読んでみようかなという気持ちになります。

まとめ

ここまで書いたことは、外国に行かなくたってもしかしたら感じられることかもしれません。でも、同じ日本人だと、相手にどうしてそう考えるの?という素朴な疑問は使えません。

外国人だからこそ、聞けることがあり、私はそうやって他人の考えを知り、吸収することになりました。コミュニケーションが苦手だったからこそ、外国に行くことで成長できました。

思い込みかもしれませんが、外国に行くたびに成長できる気がします。日本に行く以上に時間や出会いを大切にできる気がするのです。

留学を迷っている人は、ぜひ留学という一歩を踏み出してみてほしいです。最後まで読んでくださりありがとうございました。

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